大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13185号 判決 1985年7月16日

原告

高橋則昭

右訴訟代理人

柏崎正一

被告

新井乳業株式会社

右代表者

新井弘毅

右訴訟代理人

浅見東司

村田豊

右訴訟復代理人

井上晴孝

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明け渡せ。

二  被告は原告に対し昭和五八年一〇月一日から右明渡しずみまで一か月金六万円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という)は、もと高橋政吉の所有であつたところ、同人は被告に対し、昭和三九年八月八日、本件土地を次のような約定で賃貸し、引き渡した(以下、これを「本件賃貸借契約」という。)。

(一) 存続期間 二〇年

(二) 賃料 一か月三三四〇円とし、毎月末日限りその翌月分を賃借人の住所に持参して支払う。

(三) 使用目的 木造建築の所有

(四) 特約 賃借人が一回でも賃料の支払を怠つたときは、賃貸人は催告を要せず直ちに契約を解除することができる。

2  高橋政吉は昭和四五年一〇月三一日死亡し、同人の長男である高橋政男が相続により本件土地の所有権を取得し、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継した。高橋政男は昭和五四年七月二二日死亡し、昭和五五年一月二一日相続人全員(妻アキ、長男政美、二男秀喜、三男原告)による遺産分割協議の結果、原告が本件土地の所有権を取得し、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継した。

3  前記契約当初の賃料はその後順次増額され、昭和五六年一月一日以降一か月六万円となつた。

4  被告は本件土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を建築して所有し、本件土地を占有している。

5(一)  被告は、本件土地の賃料につき、昭和五七年一〇月分のうち四万円と同年一一月分から昭和五八年九月分までの一一か月分、合計七〇万円の支払を遅滞したので、原告は被告に対し、昭和五八年九月二四日到達の書面をもつて本件賃貸借契約解除の意思表示をした(以下、これを「第一次解除」という。)。

(二)  (予備的主張)

被告は、昭和五八年一〇月分から昭和五九年二月分までの本件土地の賃料合計三〇万円の支払を遅滞したので、原告は被告に対し、昭和五九年二月八日到達の内容証明郵便をもつて予備的に本件賃貸借契約解除の意思表示をした(以下、これを「第二次解除」という。)。

6  昭和五八年一〇月一日以降の本件土地の相当賃料額は、一か月六万円である。<以下、省略>

理由

一請求の原因1、3ないし5の各事実、同2のうち、高橋政吉が昭和四五年一〇月三一日死亡し、同人の長男である高橋政男が相続により本件土地の所有権を取得して本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継したこと、同人が昭和五四年七月二二日死亡したこと、以上の事実は争いがなく、請求の原因2のうちその余の事実は、<証拠>によつて認めることができる。

二第一次解除の効力について

1 右一の事実に、<証拠>を総合すると、原告は、高橋政男の死後昭和五五年一月二一日遺産分割協議により本件土地の所有権を取得した後も、相続による所有権移転登記はしていなかつたこと、本件土地の賃料の支払は、高橋政男の生前から、被告の経理担当者である木村が高橋材木店事務所に小切手を持参して交付する方法で行われていたこと、原告は昭和五五年二月中旬木村が高橋材木店事務所に同年一月分の賃料を持参した際同人に対し、原告が本件土地を相続したので今後賃料は原告が受け取る旨通知し、同人はこれを了解したこと、その後木村が高橋材木店事務所に持参した小切手は原告が直接に又は高橋政美を介して受け取り、東邦信用金庫本店の原告名義普通預金口座に振り込んでいたこと、原告は、昭和五五年一二月中旬木村が同年一二月分の賃料を持参した際、同人に対し、昭和五六年一月分以降の賃料を一か月六万円に増額する旨通知し、同人はこれを了解したこと、しかして被告は昭和五六年一月分以降一か月六万円の割合による賃料を原告に支払つてきたこと、被告代表者は、昭和五六年七月ころ数回にわたり高橋材木店事務所において原告及び高橋政美との間で本件土地の借地権買取りの話をしたが、価格の点で折合いがつかなかつたこと、被告は昭和五七年一一月一八日ころ同年八、九月分と一〇月分の一部(二万円)の賃料として合計一四万円を支払つた後、特段の理由もないのに全く賃料の支払をしなくなり、原告から第一次解除の通知を受けてから初めて七〇万円を原告に支払つたこと、原告は昭和五九年二月一日受付で本件土地につき相続による所有権移転登記をしたこと、以上のような事実を認めることができ、被告代表者尋問の結果中右認定に副わない部分は措信しがたく、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

2 右一、二1の事実に基づいて、まず第一次解除に対する抗弁1及びそれに対する再抗弁の当否について検討する。

そもそも、賃貸中の宅地を譲り受けた者は、その所有権の移転につき登記を経由しない限り、賃貸人たる地位の取得を賃借人に対抗することができないのが原則であるが、本件においては、被告代表者は木村を介して原告が相続により本件土地の所有権を取得した事実を知つたものと推認され(これに反する被告本人尋問の結果は措信しがたい。仮にそうでないとしても、原告が被告の賃料支払を専ら担当していた木村に対して本件土地相続の事実を通知した以上、信義則上被告に対する適式な通知があつたものとして扱うべきである。)、被告代表者においてもこれを了承してその後異議なく原告を本件土地の所有者として取り扱つているものと認められ、しかも被告が賃料の支払を遅滞したのについて何ら特段の正当な理由も認められないのは前認定のとおりである(被告代表者は、二重払の危険を避けるためと供述するが、このような動機に基づいて支払を遅滞したとは到底措信しがたい。)から、結局被告は自己の責めにより賃料の支払を遅滞し契約を解除された後、原告の登記の欠缺を口実に責めを免れようとしているものと解さざるをえない。このような事情の下では、被告の第一次解除に対する抗弁1は信義則に反し、許されないと解すべきである。

3  次に、第一次解除に対する抗弁2について検討する。

賃借人が賃料の支払を一回怠つた場合に賃貸人は催告なくして契約を解除することができるとの特約は、それ自体直ちに公序良俗に反し又は信義則上許されないほど過酷なものとは解されないから、当然に無効とは言いがたい。もつとも、右のような特約があり、賃借人が形式上は右特約に抵触したとしても、未だ賃貸借契約上の信頼関係が破壊されるに至らないと認められる場合は、賃貸人の解除権の行使は許されないと解すべきであるが、本件においては、前認定のとおり、被告は何ら特段の理由もないのに一一か月分余の賃料の支払を遅滞したのであるから、本件賃貸借契約上の原被告間の信頼関係は破壊され、原告が催告なくして契約を解除したのは何ら信義則に反することはないと言わなければならず、第一次解除に対する抗弁2は失当である。

4  第一次解除に対する抗弁1、2の主張はいずれも失当であるから、第一次解除は有効である。<以下、省略>

(裁判官西尾 進)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例